エッセー

   メールマガジンで大反響を呼んだエッセーがついにサイトにも登場!

       ■WEBマスター武田新のきまぐれエッセーです。
       ■つれづれなるままに書いていくつもりですが、僕の独断と偏見に満ちた内容になりそう(笑)

       ■ですから、ご興味の ない方や健全な発想の方、気の小さい方はお読みにならないで下さい。
       ■ときどき気まぐれで発表します。

「田舎暮らし」の精神(その2)

━ 「田舎暮らし」とインドの教え ━

       鹿の啼く夜

   今晩もまた鹿の啼く夜である
   澄んだ哀しげな声で
   クィーオォー クィーオォーと
   長く尾を引いて鹿が啼く

   私はユートピアについて考えている
   私のユートピアは
   どのような場所 どのような心であろうか
   それはまず

   静かな場所 静かな心でなくてはならない
   静かな場所
   静かな心
   それが私のユートピアである

   今晩もまた鹿の啼く夜である
   月のように澄んだ哀しげな声で
   クィーオォー クィーオォーと
   長く尾を引いて鹿が啼く

   私はユートピアについて考えている
   私のユートピアとは
   どのような場所 どのような心であろうか
   しみじみとした静かな場所

   しみじみとした静かな心
   それが私のユートピアである

   鹿が啼く 鹿が啼く 鹿が啼く

東京から屋久島に移住し、屋久島の自然をこよなく愛しながら2001年亡くなっ

た詩人山尾三省の「鹿の啼く夜」です。屋久島移住が1977年だから、僕らにと
っては田舎暮らしの大先達です。この詩を読むと、彼は「静かな場所 静かな

心」を求めて屋久島に移住したことが分かります。はたして彼は生前「静かな
場所 静かな心」の境地に達することができたのでしょうか。彼にとって屋久

島という田舎は本当に、彼にとってのユートピアたりえたのでしょうか。

○四住期という考え方

インド哲学といえば、ドイツ哲学と並んで世界の二大哲学と言われているほど

です。そんな彼らの教えの一つに、人類最古の法典といわれる「マヌの法典」
があります。そこに描かれた人生観によれば、人の生涯は四つの時期に分かれ

るというのです。学生期、家住期、林棲期、遊行期です。

学生期とは、人が生まれてから結婚するまでの期間で、この間、人はただひた
すら学習に励むべし、とされています。

やがて人は結婚して家住期に入ります。概ね子供達が成長して一人前になるま
での期間です。人はただひたすら働いて、家を守り、家族を養いなさい。それ

は先祖の霊のためであり、神々のためであり、社会のためでもある、といわれ
ています。

子供達も独立し、家庭を守るという義務から解放されたら、そのとき人は決然

として森林に赴くべし、と教えられます。ここから林棲期の始まりです。森に
住む者はムニと呼ばれます。釈迦牟尼佛のムニです。世俗の義務から解放され

た人は、一人あるいは妻と二人で、採集生活をしながら魂の修業をせよ、とい
われます。林棲期は長い家住者の生活で疲れ、かつ汚れた心身を新たに清らか

にするための時です。それは人生の最終目標である魂の解放まで続きます。

森林にて魂の修行を積んだ人は、やがて人生の最後のステージである遊行期に

入ります。ここに至った人はサンニャーシンと呼ばれます。遊行僧、すなわち
放浪の雲水という意味です。人はすべての執着を捨てて遊行すべし、と説かれ

ます。生を希うことなく、死を求むることなく、ただ遊行すべし、と。

〇魂の修行の場

インドの考え方をそのまま、この日本に適用して考えようとは思いません。歴

史も風土も違うのですから。でも気になりませんか?林棲期。家庭を守るとい
う義務から解放されたら、そのとき人は決然として森林に赴くべし、というの

です。僕には、どう読んでも「田舎暮らしをせよ」としか読めないのですが。

でも、そこで人は何をすべきかというと、魂の修行をせよ、というのです。今

さらですか。もう老齢の始まる頃だというのに。せっかく田舎でのんびりと暮
らそうと考えていた方々には、いささか頭の痛い話ではないですか。のんびり

暮らしなど許されない、ただひたすら修行をしなければならないのですから。

でも分かるような気もします。人は幾つになっても悩みは尽きないものだし。

田舎こそ魂の修行に適している場所はないもの。かつて仏陀は悟りを得るため
田舎に赴き、菩提樹の樹の下で瞑想を続けました。達磨太子も山にこもり座禅

を続け、空海も室戸岬の先端の岩屋で修行をしました。そこで、こうも言える
のではないでしょうか。田舎暮らしは魂の修行の場である、と。

〇田舎暮らしだからこそ

都会ではおそらくすることが不可能、いや考えることすらないでしょう、魂の
修行なんて。でも田舎暮らしだからこそ、それができると思えば、田舎暮らし

の意味するところは、また大きく変わってくるに違いありません。

でも、はたして魂の解放なんてできるのでしょうか。いや、そもそも魂の修行

なんて、どうすればいいのでしょうか。それにはやはり静かな場所、静かな心
が必要なのでしょうか。そう思うと冒頭の山尾三省の詩は、悲痛な決意表明の

ようにも聞こえてきます。いつまでたってもなかなか魂は解放されない、でも
私はいつまでも魂の修行を続けるぞ、という心の叫び。しみじみとした静かな

場所、しみじみとした静かな心。それはやはり、田舎暮らしだからこそ味わえ
る、魂のユートピアの様に思えてなりません。

(2002/05/01)

「田舎暮らし」の精神(その1)

━ 「田舎暮らし」だからこそ分かること ━

       不如来飲酒

   青雲の高位に上がるのはおよしなさい、

   青雲の高位はいやらしいことばかり。
   自ら賢しとして知識を誇り
   たがいに策謀を弄して功績を争う。
   魚が煮られるのは餌に食いつくからだ、

   蛾が身を焦がすのは燈火に飛び込むからだ。
   そんなことよりゆったり酒を楽しみ
   気ままに酔うて暮しましょう。

現世を夢とし、富貴を雲とし、天を幕とし地を筵(むしろ)とし、一生百年を
瞬時とみなした唐の詩人白楽天のこの詩をまずあげて、次に、田舎で僕が体験

した焼酎にまつわるお話をします。

○神と共に酒を飲む

僕は以前鹿児島に住んでいたことがありました。鹿児島というところは本当に

古風で封建的で、古い民俗や習慣がすごく残っているところなのです。外房の
話ではなく恐縮ですが、鹿児島の田舎で体験した話をひとつ。

民俗学に興味のあった僕は、住み始めた当初から鹿児島民俗学の研究書を読み
あさりました。そのなかに、田舎では焼酎を飲む前に囲炉裏の隅に焼酎を一滴

垂らしてから、飲み始めると書いてありました。囲炉裏の隅には神様が住んで
いるからです。まず神様に焼酎を捧げてから自分たちも飲むのです。まさに神

と人との交流ですね。でもそんな光景はもうとっくに無くなっているだろうと
思っていました。

ある日、鹿児島の伊集院町という田舎町で、そのころ働いていた会社の社長と

焼酎を飲む機会がありました(まだ40代の方です)。ご自宅は当然今風の家で
囲炉裏などありません。ところが「乾杯」といった後、その方はなんと目の前

のテーブルの隅に焼酎を一滴たらしたのです。えっ!と驚く僕を尻目に何ごと
もなかったようにその方は焼酎を飲み干しました。

その一瞬の光景は今でも忘れることはありません。僕の目の前で、さりげなく

神と人との交流をやってしまったのです。鹿児島という土地の奥深さを感じる
とともに、古来より続く風習を今でも目の前で見ることのできる田舎、そんな

場所に住んでいることの幸せを感じました。田舎だからこそ味わえる悠久への
想いといったものでしょうか。

○味噌なめて・・・

鹿児島ついでに、薩摩の国で有名な石川理紀之助の狂歌を次に記します。

   味噌なめて晩飲む焼酎に毒はなし
        煤け嬶(すすけかかあ)に酌をさせつつ

「徒然草」にも次のような話があります。執権北条時頼が、ある晩、飲み相手
が欲しくて平宣時に急いで自宅に来るように呼び寄せ「さりぬべき物やある」

と肴を捜しはじめました。宣時が台所の棚から小さな土器に味噌が少し残って
いるのを見つけ「これぞ求め得て候」というと時頼は「事足りなん」と満足し

て飲み興じた、というのです。七百年たっても味噌なめて晩飲む焼酎はうまい
ものですね。

さすがに男尊女卑の国薩摩のこと、上の狂歌にもそんな匂いが漂ってきます。

でも僕が言いたいのはそんなことでなくて、何事も忙しい都会暮らしではきっ
と上のような情景は味わえないのではないかなあ、ということです。一瞬の静

けさの中にある幸せ。なにごともゆったり進む田舎だからこそ味わえる幸せ。
白楽天のように「気ままに酔うて暮らす」には田舎で暮らすしかない、という

のが、僕の少々強引な思い込みなのです。

○田舎暮らしだからこそ

都会暮らしでは決して見えてこないものが、田舎暮らしでは見えてくる。そん

なことがたくさんあります。もちろんその逆もあるでしょう。でも、どちらが
より真実に近いか?それは歴史が教えてくれるはずです。

最後に韓国の李光洙の「歴史家」という詩の一節を掲げて終わります。

   歴史家よ
   きみの筆は追いまわす、
   血なまぐさい戦場や、
   からくりの外交を

   だけどきみは知るまい、

   たんぽぽの畦みち、
   牧場を吹く風のそよぎに、
   まことの歴史のかくれているのを

(2002/04/13)

「田舎暮らし」を考える(その2)

━ 「田舎暮らし」とヘッケルの法則 ━

○ヘッケルの生物発生法則

1866年、ドイツの生物学者エルンスト・ヘッケルが発表した生物発生の法則は

生物学に興味のある人なら誰でも知っている有名な法則です。のちにダーウィ
ンも自説に採りいれて「進化論を支える重要な柱」としたため、さらに広く知

られるようになりました。現在でも生物学の解説書や教科書には必ず紹介され
ています。

「生物の個体発生は系統発生を繰り返す」

これがその法則です。つまり生物(ここでは分かりやすくヒトとしましょう)
が母体内で胎児として発生し、人間として誕生するまでの過程は、ヒトが原始

生命体から進化して、人類として誕生するまでの過程を繰り返している、とい
うのです。

まずこの世界における生命の発生は、原始海洋における微小なアメーバの誕生

から始まりました。そこから魚、イモリ、猿などへ進化していったわけです。
人間の発生も同じように母体内の羊水で生まれたアメーバのような精虫で、そ

こからたくましく成長を始めます。

原始生命体はアメーバから魚が生まれ、やがて哺乳類が誕生してサルへと進化
していきます。母体内の精虫も尾がはえて魚のような形になり、やがて手足が

できるとサルと同じ構造になります。

そして地球上のサルは進化してヒトとなります。同様に母体内の胎児はヒト独
自の形態を持つようになり、ついに人間としてこの世に誕生するわけです。

このように人間は十ヶ月の胎児時代に、人間発生以来の歴史、およそ10億年?
くらいの歴史を繰り返していることになるのです。

○そこから、さらに考える

これを知ったとき僕が直感的に感じたのは、その後の歴史も同じじゃないか、
ということです。つまり猿は四本足から二本足で歩けるようになったため知恵

を憶えました。同様に、赤ちゃんも立ち歩きできるようになると知恵を憶えま
す。感情しかもたない猿が人になると知識をもって行動し始めるように、感情

の発露だけだった赤ちゃんも幼児になると知識で行動するようになります。

やがて少年から青年時代。若者はいつも血気盛んでときにはケンカをして、と

きにはスポーツに汗を流します。それと同じように人類は今までしょっちゅう
戦争をやってました。しかし青年時代が終わり中高年時代を迎えると、人間は

もうケンカをすることもほとんどなくなり、穏やかで成熟した時を迎えます。
そう、人類もいま冷戦時代が終わり(局所的な地域紛争だけになり)大きな戦

争の脅威はなくなるとともに、成熟した精神の時代を迎えようとしています。

人類にとって誕生してから今にいたるまでの道のりは、ちょうど人間の成長期

と同じだったのではないか、というのが僕の推論です。そしてこれから人間が
成熟期を迎えるように、人類も成熟期を迎える。人間が成熟すると都会的喧騒

よりも田舎的静寂を好むように、人類の文明も都会中心から田舎的なもの中心
へとシフトするのではないか、と想像しているわけです。

○新しい「文明進化の法則」

ヘッケルの生物発生法則は「生物の個体発生は系統発生を繰り返す」というも
のでした。僕はここで次のように言ってみます。

「人類の文明の進化は人間の精神の進化を繰り返す」

なんでこんなことを思ったかというと、それ以前に梅棹氏の文明論を読んでい
たからです。正直、誰だって梅棹氏の文明論を読んでから「ヘッケルの法則」

を知ると、これくらい思いつきますよね。

でもいいなあ。本当に人間の精神の発達のとおり人類の文明は発達するとする
と、もう戦争の時代は終わり、これから人類は穏やかな成熟の時代が続くわけ

です。それはまさにジョンレノンがイマジンで夢見たような世界・・・・

そのとき歴史は都会的喧騒・都会的欲望中心の社会から、田舎的静寂・田舎的

平穏を求める社会へと間違いなく変わっていることでしょう。いま「田舎暮ら
し」を求めるということ、それは文明のさきがけに他ならないのではないでし

ょうか。

(2002/03/14)

「田舎暮らし」を考える(その1)

━ 「田舎暮らし」の文明論的考察 ━

○都会から田舎へ

つい最近、岬町のあるCafeで昼飯をとっていたら、元気の良いお洒落な身なり

の老夫婦が入っていらした。どうみても都会的で地元には見えなかったので話
をうかがうと、やはり最近岬町に引っ越してきたばかりだという。そう、最近

よく見かけるのです。たとえば田舎道を元気にウォーキングされている老夫婦
とか、釣りをしたり写真を撮っていたりするお年寄りとか。皆さんとても元気

で、そしてお洒落です。人生を楽しんでいるようです。

「都会から田舎へ」という人の流れは、きっと予想をはるかに上回るペースで
進んでいると感じます。そしてその流れが大河となる時が迫ってきています。

“団塊の世代”です。彼らはあと10年もしたら一斉に定年を迎えます。その時
多くの人は田舎を目指すのではないでしょうか。今マンションブームで人口の

都心回帰などといわれてますが、そのうちの大多数も結局は田舎を目指すと僕
は考えています。「都会から田舎へ」という流れは必ず本物になるでしょう。

僕が今感じているのは、都会から田舎へ移ってきた方々によって、日本全国の
田舎に今までにない新しい文化が誕生するんじゃないか、ということです。か

つて柳田國男は「明治大正世相史」という本のなかで、田舎から都会へ出てき
た人々によって都会に新しい文化が生まれつつあると断じました。ちょうど、

柳田の時代は産業革命の真っ只中で、殖産興業とともに、多くの人々が田舎か
ら都会へ移ってきました。柳田は、都会に住む人の大半は農家の次男三男であ

る、とまで言っています。それを目撃したからこそ「明治大正世相史」という
新たな論考が生まれたのです。

今僕は「都会から田舎へ」という流れを目撃しています。柳田の時代とは正に

逆の流れです。しかし彼の思想を借りれば、田舎に今までにない新しい文化が
生まれるはず。その時もともと田舎に住んでいる僕らはどうすればいいのか?

新共同体としてのコミュニティのあり方が問われています。

○人類は進化の最終段階を迎えようとしている!?

今から40年も前ですが、当時大阪大学助教授だった梅棹忠夫氏(現在京都大学

名誉教授・国立民族学博物館名誉館長)が「情報産業論」という論考を発表し
ました(「情報の文明学」中公叢書に所収)。それによると人類の文明の進化

は、ヒトの生命体の自己実現の歴史にほかならない、というのです。

ヒトは内胚葉器官、中胚葉器官、外胚葉器官の3器官から成り立っています。

細胞は分裂すると、胃や腸など食物を補給してエネルギーを発生させる消化器
系統が誕生します。これが内胚葉器官。ついで筋肉や骨格、血など実際に労働

して物質を発生させる骨格系統が誕生。これは中胚葉器官。最後に脳や神経な
ど知能や感覚を生み出す神経系統が誕生。外胚葉器官です。

梅棹は人類の文明の進化もまさにこれに符号すると断じたのです。詳しくは書

ききれないので、かなり乱暴に要約すると、まず文明の第一段階は農業の時代
でした。人類誕生から産業革命の時代までは、人類の大半は農業や漁業など食

物を生産するために生きてきたといえる。これはまさに食物を補給させる内胚
葉器官の時代といってもいいでしょう。第二段階は工業の時代です。産業革命

後、人類はまさに物質を充足させるために生きてきた。これはまさに骨格系統
による労働の時代で、中胚葉器官の時代ともいえます。ところが物質文明の時

代は長くは続きませんでした。約10年ほど前から文明は第三段階に入りつつあ
ります。精神文明の時代または情報産業の時代といってもいいでしょう。人類

は精神の充足に重きを置きつつあります。今はまだ工業の時代にある発展途上
国も、やがては精神の時代にとって代わるはずです。これはまさに脳神経をつ

かさどる外胚葉器官の時代といえるでしょう。

梅棹が発表した当時はまだ工業の時代の真っ盛りでした。しかし梅棹は既にそ
の頃からやがて精神の時代が来ると予見。しかもヒトは外胚葉器官が誕生して

はじめて生命体として完結したことから、人類の文明も精神の時代とともに完
結すると断じたのです。そして精神の時代が到来したとき、人類は進化の最終

段階を迎えると宣言しました。

○「田舎暮らし」は人類の到達地点である!?

時代は梅棹氏の予言どうり進んでいるように見えます。しかし僕にはまだもの

足りません。彼の論考を人口移動の観点から論じてみるとどうなるか?ここか
ら先は僕の独断と偏見による論考です。

第一段階から第二段階への変革期、それは産業革命の時代でした。柳田國男が

目撃したように、そのとき「田舎から都会へ」という大量の人の流れが発生し
たのです。第二段階から第三段階への変革期、それはまさに現代ですが、僕ら

は「都会から田舎へ」という人の流れを目撃しつつあります。しかも“団塊の
世代”が定年を迎える頃には大量の流れとなってうねり始めるでしょう。

農業の時代(食料生産社会)は田舎に住み、工業の時代(物質文明社会)は都
会へ、そして精神の時代(情報化社会)とともに田舎へ回帰する。当たり前と

いえば当たり前です。しかし梅棹の言葉を借りれば、精神の時代こそ人類の最
終段階でした。ということは「田舎暮らし」こそ、人類の進化にとって最終到

達地点といえるのではないでしょうか。

○そしてこれから

「田舎暮らし」は人類の最終到達地点である。または「田舎暮らし」は文明の

最終段階である。こんなことをいうと何て突飛な!とお思いの方も多いでしょ
う。しかし僕は本当にそう信じています。そして僕の仕事、都会から田舎への

橋渡しですが、文明の変革のお手伝いをしていると僕は自負しています。また
は人類の進化の“縁の下の力持ち”と言ってもいいでしょう。

しかしまだまだ問題点はこれから生まれてくるはずです。田舎に新しい文化が
生まれようとしているとき、元々の地元民とどういうコミュニティを形成すれ

ばいいのか?将来“団塊の世代”が大量に押し寄せてきたとき、今「田舎暮ら
し」を目指している方は先輩になるわけですが、先輩から後輩へアドバイスを

送れるようなコミュニティは必要にはならないか?たとえば僕のサイトやメル
マガがそういう場になれないか?すべてはこれからです。

(2002/03/06)

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